#8「死体をどうぞ」

なにが印象深いってとある段階で被害者に掛けられた憐れみだったわけですが。
いや、殺人事件の被害者なんだからある程度は同情されて当然なんですが「彼がせめてなにも真相を知らぬ間に亡くなったことを祈ります」と来たもんだ。ある意味で“彼”の正体というか、事情が一番面白かったかもしれないくらいです。


とあるホテルの男のダンサーが殺されましてね。
その男ってのがなんというか、まあ、御婦人たちがダンスわ申し込んでそれを受ける立場で、その仕事自体は如何わしいわけではないものの、なんつーかあれですね、自由恋愛に発展するのはもちろんありなわけなんですよ。見目のいい男ばっかりですしね。
その相手がお金持ちの御婦人だったりして、夫がいなかったりすると大抵はあれなんですがお年を召しているわけなんですが。それでももちろん自由です。
その男は、とある御婦人(老婦人っつーかぶっちゃけて息子のほうが年上)と結婚の約束をしていましたが、なんか海岸線で喉切られて殺されてしまいましたと。


それを発見したのが我らがハリエット・ヴェイン女史だったもので。
その血が固まってなかったことをはっきりと確認、周囲の状況までばっちりです、「足跡から見てここに人が来るのは不可能!」。いや、それじゃ貴女が犯人ですがな。
いくら推理作家っつっても御婦人としては胆が据わりすぎです。そして頼まれもしないのにピーター卿が駆けつけてきました、頼まれたら有頂天になりすぎるのでよくないです。
まあ趣味のためといえなくもないんですが。そして、もちろんハリエットさんは犯人ではないので、さてどこに齟齬があるのでしょうかという話ですかしら。